東京地方裁判所 平成9年(ワ)23967号 判決 2000年2月24日
原告 東京建設株式会社
右代表者代表取締役 A
右訴訟代理人弁護士 畠山保雄
同 松本伸也
同 井上能裕
被告 破産者a建設株式会社破産管財人Y
主文
一 被告は、原告に対し、金七一六四万四二六〇円及びうち金五二七四万四二六〇円に対する平成九年一〇月九日から、うち金一八九〇万円に対する平成九年一一月一八日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金八三九二万六一一〇円及びうち金五二七四万四二六〇円に対する平成九年一〇月八日から、うち金三一一八万一八五〇円に対する平成九年一一月一八日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 第一次的主張(請負契約の履行選択による請負工事代金債権の財団債権としての行使《破産法四七条七号》)
(一) 請負契約の締結
(1) a建設株式会社(以下「a社」という。)は、国(建設省関東地方建設局)との間で、平成八年三月二一日、国を注文者、a社を請負人として、左記の内容の工事請負契約を締結した。この工事は、環状七号線と湾岸道路の交差点を立体交差とするため、湾岸道路を高架にする工事の一環としてなされたものであり、高架用の橋脚五基(以下「本件工事目的物」という。)を築造する工事である。
記
工事名 環七立体山側下部その2工事
工事場所 東京都江戸川区<以下省略>地先
工期 平成八年三月二二日から平成九年三月二六日まで
請負代金 金二億一六三〇万円(消費税分金六三〇万円を含む。)
(2) a社は、平成八年五月二日、国から受注した(1)の工事につき、左記のとおり、原告に下請発注し、原告はこれを請け負った(以下「本件請負契約」という。)。
記
工事名 一〇二九三 環七立体山側下部その2工事
工事場所 東京都江戸川区<以下省略>地先
工期 平成八年五月六日ころから平成九年三月二六日まで(最終的に平成九年九月八日まで延長された。)
請負代金 金一億八二三一万円(消費税分金五三一万円を含む。)
支払条件 出来高払いとし、毎月二〇日締め翌月払い
(3) a社は、原告に対し、平成八年七月ころ、a社が国から追加発注を受けた(1)の工事に関する変更追加工事について下請発注し、同月ころ、a社と原告との間で、変更追加工事契約が締結された(以下「本件変更追加工事契約」という。)。ただし、その代金額は定められていなかった。
(二) 工事の完成
原告は、平成九年八月中旬ころ、本件請負契約及び本件変更追加工事契約に従い、本件工事目的物を完成した。
(三) a社の破産宣告、双方未履行の事実
(1) a社は、平成九年九月五日、東京地方裁判所から破産宣告を受けた。
(2) 平成九年九月五日の破産宣告の時点で、原告は、a社に対し、本件請負契約及び本件変更追加工事契約に基づき完成させた本件工事目的物の引渡しをしていなかった。
(3)ア a社は、原告に対し、右破産宣告の時点において、本件請負契約に基づく請負代金一億二九五六万五七四〇円(金一三七万一三四〇円の相殺分を含む。)を支払っていたが、金五二七四万四二六〇円が未払であった。
イ 本件変更追加工事契約に基づく請負代金額としては、金三一一八万一八五〇円が相当であり、破産宣告当時、a社は、原告に対し、右代金を支払っていなかった。
(四) 黙示の履行の請求
以下の事実関係に照らすと、a社の破産管財人である被告は、破産法五九条一項の履行の請求を黙示的にしたものというべきである。
(1) a社の常務取締役Bは、被告の指示に基づき、破産宣告後の平成九年九月一〇日ころ、原告に対し、同月一八日に建設省により本件工事目的物についての完成技術検査(竣工検査)に立ち会うことを求めた。これに対し、原告は、本件請負契約に基づく未払残代金の支払及び本件変更追加工事契約に基づく請負代金の支払に関して明確な返答がない限り本件工事目的物の引渡しをすることはできない旨をファクシミリで返答し、Bは、同月一二日ころ、被告にこれを伝えた。
(2) しかるに、被告は、国に対して、平成九年九月一八日ころ、本件工事目的物を引き渡した。
(五) 原告は、被告に対し、平成九年一〇月八日、本件請負契約に基づく未払残代金の請求をするとともに、本件変更追加工事契約の請負代金額を確定するよう求めた。
(六) 被告は、破産法五九条一項の履行の請求をしたのであるから、破産法四七条七号に基づき、本件請負契約の未払残代金債権及び本件変更追加工事契約の代金債権は財団債権になる。
なお、民法六四二条は、請負契約において仕事が未完成のうちに注文者が破産した場合、仕事を完成させることなく請負人をして報酬請求ができるようにするという趣旨の規定であるから、本件のように、破産宣告時に請負契約に係る仕事が完成している場合、その適用はなく、破産管財人は、民法六四二条による解除をすることができないというべきである。
2 第二次的主張(別除権侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の財団債権としての行使《破産法四七条四号》)
(一) 請求原因1(一)と同じ。
(二) 原告は、平成九年八月中旬ころ、本件請負契約及び本件変更追加工事契約に基づき、本件工事目的物を完成させ、本件工事目的物に「東京建設 占有中」との貼り紙をするとともに、原告の会社名の入った工事用バリケードでこれを囲むことにより、本件工事目的物の占有を継続した。
(三) 請求原因1(三)(1)、(3)と同じ。
(四) 請求原因1(四)(1)、(2)と同じ。
(五)(1) 原告は、(二)、(三)のとおり商事留置権に基づく別除権を行使できたところ、被告は、(四)によって原告の本件工事目的物に対する占有を喪失させて原告の別除権を侵害し、もって原告の別除権行使による本件請負契約に基づく未払残代金相当額及び本件変更追加工事契約に基づく請負代金相当額の金員回収の機会を失わせ、原告に対し、右未払残代金額相当額及び請負代金相当額(合計金八三九二万六一一〇円)の損害を与えた。
(2) 被告は、a社のBを通じて原告の本件工事目的物占有の事実を了知していたにもかかわらず、原告の右占有を喪失せしめたのであるから、故意ないし過失がある。
3 第三次的主張(不当利得返還請求権の財団債権としての行使《破産法四七条五号》)
(一) 請求原因1(一)と同じ。
(二) 請求原因2(二)と同じ。
(三) 請求原因1(三)(1)、(3)と同じ。
(四) 請求原因1(四)(1)、(2)と同じ。
(五)(1) 被告の利得
被告は、本件工事目的物を国に引き渡すことにより、国から代金一億五〇〇〇万円程度を受領してこれを破産財団に帰属させ、又は右代金を確実に受領し得る地位を取得した。右によって被告が得た利得は、右金一億五〇〇〇万円から被告の利益分を控除した、原告と被告との間の本件請負契約に基づく未払残代金相当額及び本件変更追加工事契約に基づく請負代金相当額(合計金八三九二万六一一〇円)である。
(2) 原告の損失
ア 原告は、被告に対して、(二)、(三)のとおり商事留置権に基づく別除権を行使することが可能であった。
イ 被告が原告の別除権の主張を無視して本件工事目的物を建設省に引き渡したことにより、原告の商事留置権は消滅し、原告は、本件請負契約に基づく未払残代金相当額及び本件変更追加工事契約に基づく請負代金相当額(合計金八三九二万六一一〇円)について優先弁済を受け得る地位を喪失し、右各代金相当額分の損失を被った。
(3) 法律上の原因のないこと
本件工事目的物は原告の商事留置権の目的となっていたものであるから、本来破産債権の共同担保とはなり得ないはずのものであったところ、被告が原告の商事留置権を侵害して破産財団に組み入れたものであり、被告の利得は何ら法律上の原因を有しないものである。
(六) 請求原因1(五)と同じ。
4 よって、原告は、被告に対し、財団債権として金八三九二万六一一〇円及びうち金五二七四万四二六〇円に対する平成九年一〇月八日から、うち金三一一八万一八五〇円に対する訴状送達の日の翌日である平成九年一一月一八日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1について
(一)(1) 請求原因(一)(1)は認める。
(2) 請求原因(一)(2)のうち、工期については不知、その余は認める。
(3) 請求原因(一)(3)は認める。
(二) 請求原因(二)は認める。
(三)(1) 請求原因(三)(1)は認める。
(2) 請求原因(三)(2)は認める。
(3)ア 請求原因(三)(3)アは認める。
イ 請求原因(三)(3)イのうち、請負代金が未払であった事実については認め、相当請負代金額は否認する。
原告が提出した三一一八万一八五〇円(消費税込)の見積書は、純粋な変更追加工事のものではなく、工期が延長したことによる経費を多額に含むものであるため、被告は、これを多額であるとして拒絶し、被告と原告との間の請負代金額については、国とa社との変更追加工事についての請負代金額を見てから決定することとしたものである。
(四) 請求原因(四)のうち、a社の破産管財人である被告が、破産法五九条一項の履行の請求を黙示的にしたとの主張は争う。
請求原因(四)(1)のうち、Bが被告に対して平成九年九月一二日に原告からファクシミリで伝えられた同人の意向を伝達した事実は認め、その余は不知。
請求原因(四)(2)は不知。
(五) 請求原因(五)は認める。
(六) 請求原因(六)は争う。
請負契約において注文者が破産した場合、破産法五九条の適用はなく、民法六四二条のみが適用される。そして、被告は、平成九年一〇月一五日、民法六四二条に基づき本件請負契約及び本件変更追加工事契約の解除の意思表示をした。したがって、原告がa社に対して有していた請負代金債権は、破産債権として保護されるにすぎないものである。
2 請求原因2について
(一) 請求原因(一)については、請求原因1(一)に対する認否と同じ。
(二) 請求原因(二)のうち、原告が平成九年八月中旬ころ本件工事目的物を完成させたことは認め、そのころ以降原告が本件工事目的物を継続して占有したことは争い、その余は不知。
本件工事目的物は土地の定着物であり、物権の客体となり得ないから、本件工事目的物に対しては、占有権や留置権は成立しない。仮に、本件工事目的物に対して占有権や留置権が成立し得るとしても、留置権は、債権の弁済を受けるまで物を留置して引渡しを拒絶する権利であるから、留置権の成立、存続要件としての占有は、引渡しを拒絶するに足りる強固な事実的支配でなければならない。しかるに、原告の主張する占有の態様のごとき、第三者が簡単に撤去してしまい原告自身も撤去の事実を知り得ないような単なる表示は、留置権の成立要件、存続要件たる占有に必要な事実的支配を欠くものというべきである。また、原告が商事留置権を有していたならば、国に対してそれを行使することが可能であったにもかかわらずこれを行使をしていないのは、原告が留置権の成立、存続要件たる占有を当初から有しなかったことの証左である。
(三) 請求原因(三)については、請求原因1(三)(1)、(3)に対する認否と同じ。
(四) 請求原因(四)については、請求原因1(四)(1)、(2)に対する認否と同じ。
(五)(1) 請求原因(五)(1)は否認ないし争う。
被告は、本件工事目的物に対する原告の貼り紙や工事用バリケードを除去しておらず、被告自身が原告の占有を侵害したことはない。また、原告が商事留置権を有していたならば、国に対してそれを行使することが可能であったにもかかわらずこれを行使をしていないのであるから、原告は自ら占有の意思を放棄したものというべきである。あるいは原告が商事留置権を喪失したのは、自らが国に対して商事留置権を行使しなかったことの結果によるものであるから、原告の商事留置権の喪失は、被告の行為との間に因果関係を有するものではない。さらに、原告が商事留置権を有していたとしても、本件工事目的物に対する優先弁済権としての価値は零円であるか零円に限りなく近いものであって、仮に、原告が被告に対して不法行為に基づく損害賠償請求権を有するとしても、原告の損害は存在しないか、損害の立証は不可能である。
(2) 請求原因(五)(2)は否認ないし争う。
3 請求原因3について
(一) 請求原因(一)については、請求原因1(一)に対する認否と同じ。
(二) 請求原因(二)については、請求原因2(二)に対する認否と同じ。
(三) 請求原因(三)については、請求原因1(三)(1)、(3)に対する認否と同じ。
(四) 請求原因(四)については、請求原因1(四)(1)、(2)に対する認否と同じ。
(五)(1) 請求原因(五)(1)は否認ないし不知。
(2)ア 請求原因(五)(2)アは争う。
イ 請求原因(五)(2)イは否認ないし不知。
原告が商事留置権を有していたとしても、本件工事目的物に対する優先弁済権としての価値は零円であるか零円に限りなく近いものであるから、仮に、原告が被告に対して不当利得返還請求権を有していたとしても、原告の損失は存在しないか、損失の立証は不可能である。
(3) 請求原因(五)(3)は否認ないし争う。
国から被告への請負代金の支払は、国とa社との間の請負契約に基づくものであるから、法律上の原因に基づくものである。
(六) 請求原因(六)については、請求原因1(五)に対する認否と同じ。
三 抗弁
商事留置権の留置的効力の消滅(請求原因2、3に対し)
原告が本件工事目的物について商事留置権を有していたとしても、債務者であるa社の破産宣告により、右商事留置権の留置的効力は消滅した。
四 抗弁に対する認否
抗弁は争う。
理由
一 第一次的主張について判断する。
1(一) 請求原因(一)(1)の事実、同(2)のうち工期の点を除いたその余の事実、同(3)の事実は当事者間に争いがなく、関係証拠(甲第二号証、第四ないし第八号証)及び弁論の全趣旨によれば、本件請負契約の工期が当初は平成八年五月六日ころから平成九年三月二六日までであったが、最終的に平成九年九月八日まで延長されたことが認められる。
(二) 請求原因(二)の事実は当事者間に争いがない。
(三) 請求原因(三)(1)、(2)及び(3)アの事実、同(3)イのうち本件変更追加工事契約に基づく請負代金が未払であった事実は当事者間に争いがない。
(四) 請求原因(五)の事実は当事者間に争いがない。
2(一) <証拠省略>及び弁論の全趣旨によると、以下の事実関係が認められる。
(1) a社の常務取締役Bは、被告の指示に基づき、a社の破産宣告後の平成九年九月一〇日ころ、原告に対し、同月一八日に建設省による本件工事目的物についての竣工検査に立ち会うことを求めた。
(2) これに対し、原告は、Bに対し、本件請負契約に基づく未払残代金の支払及び本件変更追加工事契約に基づく請負代金の支払に関して明確な返答がない限り竣工検査に立ち会い、本件工事目的物の引渡しをすることはできない旨ファクシミリで返答した。そして、同月一二日ころには、被告に原告の右意向は伝達された。
(3) なお、当時、本件工事目的物は、原告からa社に引渡がされておらず、なお原告の管理占有下にあった。そして、国(建設省)による竣工検査がパスすると、本件工事目的物は、原告から被告、被告から国へと引き渡される予定になっていた。
(4) また、前記のように、当時本件請負契約に基づく工事代金は一部支払が未了であり(未払残代金額五二七四万四二六〇円)、本件変更追加工事に基づく請負代金は、代金額自体が確定しておらず、全額代金支払がなされていなかった。
(5) 平成九年九月一八日、国(建設省)及びa社によって原告の立会なしで竣工検査が実施され、そのころ被告は本件工事目的物を自己の占有下に移した上、国にこれを引き渡した。そして、平成一〇年三月一〇日、被告は国から工事代金を受領した。
(6) 原告は、被告に対し、平成九年一〇月八日、本件請負契約に基づく未払残代金の請求をするとともに、本件変更追加工事契約の請負代金額を確定するよう求めたところ、被告の破産管財人は、同月一五日付けをもって、民法六四二条に基づき本件請負契約及び本件変更追加工事契約を解除する旨の意思表示をした。
(二) ところで、破産法五九条一項は、「双務契約ニ付破産者及其ノ相手方カ破産宣告ノ当時未タ共ニ其ノ履行ヲ完了セサルトキハ破産管財人ハ其ノ選択ニ従ヒ契約ノ解除ヲ為シ又ハ破産者ノ債務ヲ履行シテ相手方ノ債務ノ履行ヲ請求スルコトヲ得」と規定する。これは、双務契約における当事者双方の債務は法律上並びに経済上関連性があって対価的な意味があり、互いに担保としての意味を有していることから、双方の債務が未履行の双務契約において当事者の一方が破産した場合における当事者双方の公平な保護を図るという趣旨のものであり、民法五三三条が同時履行の抗弁権を与えて双務契約における当事者双方の公平を保持しているのと同じ趣旨のものである。そして、そこでいう「共にその履行を完了せざるとき」には一部未履行ないし従たる給付のみの未履行の場合(例えば、請負の場合でいうと、工事は完成したが目的物の引渡と報酬の一部の支払が未履行のような場合)が含まれる。そして、破産管財人が契約の解除でなく破産者の債務を履行して相手方に履行を請求することを選んだ(履行を選択した)場合においては、相手方が有する請求権は財団債権として保護されるし(破産法四七条七号)、破産管財人が契約の解除を選択したときは、相手方は、損害の賠償につき破産債権者としてその権利を行使することができる(同法六〇条一項)とともに、破産者の受けたる反対給付が破産財団中に現存するときはその返還を請求でき、現存しないときはその価額につき財団債権者としてその権利を行使できることになるのである(同条二項)。
もっとも、請負契約における注文者の破産の場合については、民法六四二条に契約の解除について規定が置かれており、契約の解除については、特別法として同条が優先的に適用される。民法六四二条は、「注文者カ破産ノ宣告ヲ受ケタルトキハ請負人又ハ破産管財人ハ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得此場合ニ於テハ請負人ハ其既ニ為シタル仕事ノ報酬及ヒ其報酬中ニ包含セサル費用ニ付キ財団ノ配当ニ加入スルコトヲ得」と定める。これは、請負人は工事完成前においては本来報酬(請負代金)を請求し得ないものであるところ、注文者が破産しているにもかかわらず請負人になお仕事を完成すべき義務を負わせその完成を待って報酬請求権を行使すべしとするのは妥当でないことから、工事完成前であっても、契約を解除し報酬等につき請求できるようにして、請負人を保護するという趣旨のものである。この解除がされたときは、請負人は既にした仕事の報酬及びこれに包含されない費用につき破産財団の配当に加入することができる(その反面として、既にされた仕事の結果は破産財団に属することになる《最二小判昭和五三年六月二三日集民一二四号一四一頁》。)。そうすると、請負人又は破産管財人のどちらかが契約解除を選択するときは請負人は既にした仕事の報酬等につき破産債権者として配当に加入できるのに対して、両者がいずれも契約解除をしないで履行を選択するときは(なお、請負人は、破産管財人に対して、相当の期間を定めてその期間内に契約の解除をするか又は債務の履行を請求するか確答すべき旨を催告することができ、破産管財人がその期間内に確答をしないときは契約を解除したものとみなすことができる《破産法五九条二項参照》。)、請負人は、債務を履行し、仕事を完成させて、報酬を財団債権として請求できるということになる。
(三) ところで、前記認定のように、本件では、a社の破産宣告の時点では、請負の対象である工事自体は完成していたが、未だa社から工事代金の支払が全部されておらず、また、原告からa社に本件工事目的物の引渡がなされていなかったものであるから、破産法五九条一項が適用されるところ、前記認定のように、被告が、原告に対し、国に本件工事目的物を引き渡すための前提として竣工検査に立ち会うよう求め、その後原告の占有下にあった本件工事目的物を自己の占有下に移した上、国に引き渡したというのであるから、被告は、原告に対し、竣工検査に立会を求めることによって工事目的物の引渡という原告の債務の履行を請求した上、その履行として工事目的物の占有を移転したと認められるのであり、破産法五九条の履行を選択したものと解するのが相当である(なお、本件では、a社の債務《未払残代金等の提供》の履行がされないまま、工事目的物の引渡が先履行されているが、破産法五九条一項の「破産者ノ債務ヲ履行シテ相手方ノ債務ノ履行ヲ請求スル」とは契約関係を維持して相互に債務を履行することを選択するということを意味するにとどまり、破産者の債務を先履行することまでを意味するものではないから、右は、前記判断を左右するものではない。)。そして、いったん相手方の債務(工事目的物の引渡)の履行が請求され、その履行として工事目的物の占有が移転された以上、その後になって被告において契約解除を選択することはできないというべきであるから、前記(一)(6)の解除の意思表示は、本件で民法六四二条に基づき契約解除をする余地があるかどうかの点を論ずるまでもなく、効力を生じないというべきである(さらに付け加えると、本件のように、注文者の破産宣告時に既に請負の仕事が完成しているという場合には、民法六四二条による解除の余地はないと解するのが相当である。けだし、請負の仕事が完成しているという場合、請負人は、その請負が仕事の目的物の引渡を要しないときには無条件で、目的物の引渡を要するときはそれと引き換えに報酬を請求できる地位に立っているのであるから、請負人の側からみて同条を適用する前提を欠くのであり、かつ、引渡を要する請負の場合に破産管財人側から同条の解除権を行使することを認めるとすると、前記のように、解除の結果仕事の目的物は破産財団に属することになるから、破産管財人が解除でなく履行を選択した場合と同じ状態になるのに、法的な効果としては履行選択の場合と異なり財団債権でなく破産債権として扱われることになって、同時履行の抗弁権によって本来保護されている請負人に逆に不利になり、請負人を保護するという本条の立法趣旨と矛盾する結果をもたらすことになるからである。)。
3 そこで、次に本件変更追加工事契約の相当請負代金額について検討する。
(一) <証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認定できる。
(1) 本件変更追加工事が行われたのは、当初築造が予定されていた五基の橋脚のうちの三基の位置が首都高速道路の葛西ランプの入口進入路の道路敷にかかることが判明したこと及び阪神大震災による阪神高速道路の倒壊を踏まえ、建設省からa社に対して橋脚を耐震構造にするよう指示があったことによるものであり、その主な内容は、首都高速道路の葛西ランプの入口進入路の一部撤去及びこれに伴うガードレールの移設並びに橋脚本体の耐震構造への仕様変更等であった。
本件変更追加工事の請負代金額については、当初、注文者である国(建設省)と元請であるa社との間で調整がついておらず、原告も、工期の遅れを防止するため、a社との間で工事代金額を具体的に決定しないまま、本件変更追加工事を行うこととなった。しかし、原告とa社との間では、国とa社との間の請負代金額が確定したら、それを考慮して相当額の工事代金を支払うという暗黙の合意があった。
(2) 原告は、平成九年六月二五日付で本件追加変更工事の見積書を作成した。右見積書の主な費目及び金額は、本件工事目的物である橋脚本体の直接工事費(道路のガードレールやコンクリートの撤去・移設などの橋脚以外の雑工事費を含む。)金一五〇六万九〇〇〇円、現場事務所費用等の間接工事費金二三五万六〇〇〇円及び人件費等の現場経費金一一二九万円並びにこれらに利益率三・三パーセントを掛けた額(経費)の合計額である。
原告は、平成九年六月二五日、a社の決裁権者である常務取締役Bに見積書を示したが、同人は、請負代金額の決定はa社と国との請負代金額の決定を見た上で行いたいとし、右時点では、請負代金額は確定されなかった。もっとも、右見積書記載の金額が特に過大であるとは認められない。
(3) a社と国との間の本件変更追加工事の請負代金額については、最終的にa社の破産宣告後、総額金一八九〇万円(消費税含む。)と合意がされた。
(二) 右認定事実によれば、原告の作成した見積書の金額に関しては、これが特に過大であるとは認められないものの、本件変更追加工事の請負代金については国とa社との間で合意された請負代金額を考慮して相当額を支払うとされていたところ、国と被告との間で合意された請負代金額は金一八九〇万円であったこと等の事情にかんがみると、右見積書記載の金額をもって本件変更追加工事における相当請負代金と認めることはできないというべきであり、他にこれといって相当額を算定する手掛かりもない以上、結局、本件変更追加工事における請負代金額は、国とa社との間で合意された金一八九〇万円をもって相当と認めるよりほかないというべきである。
4 したがって、本件請負契約及び本件変更追加工事契約に基づく原告のa社に対する請負代金債権は、破産法四七条七号の財団債権として行使し得るから、請求原因1(第一次的主張)の主張に基づく請求については、原告が、被告に対し、金七一六四万四二六〇円及びうち金五二七四万四二六〇円(本件請負契約に基づく未払残代金)に対する請求の日の翌日である平成九年一〇月九日から、うち金一八九〇万円(本件変更追加工事契約に基づく請負代金)に対する訴状送達の日の翌日である平成九年一一月一八日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
二 結論
よって、原告の請求は、被告に対し、金七一六四万四二六〇円及びうち金五二七四万四二六〇円に対する平成九年一〇月九日から、うち金一八九〇万円に対する平成九年一一月一八日から各支払済みまで年六分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の点については理由がないからいずれも棄却することとし(なお、原告の第二次的主張及び第三次的主張についても、第一次的主張において認容した以上の金額を認容する余地がないことが明らかである。)、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大坪丘 裁判官 浦木厚利 辛島明)